8640倍のしるし~詩の証~

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2008年から<詩>を書くようになった。

もともと詩に興味はあったが、自分で書こうとは思わなかった。

 

 

書こうと思うようになった動機は、先生(鄭明析先生)が詩を書かれるから。

 

 

鄭明析先生は今まで1万篇以上の詩を書かれた。

(それを聞いたのはもう何年も前なので、今は2万篇くらい書かれているかもしれない)

 

 

「先生が書かれるから、自分もやってみてこそ分かるのではないか」と思ったことがきっかけだった。

 

 

それからずっと<天に捧げる詩>を書いているが、

いつの間にか現段階で550篇になった。

 

 

9年間で550篇なので、単純計算すると一年に60篇くらい。

そうすると一か月に5篇くらいだ。

そう考えると少ないように思える。

 

 

特に「毎日詩を書くぞ!」と思っている訳ではなく、

自然と書きたくなった時、感動が来た時に書くことにしている。

そういう楽な感じで9年間続けたらこうなった。

多分「もっと書くぞ!」と思っていたら、もっと書いたかもしれない。

 

 

自分で詩を書いてみて、

また先生の詩を研究してみて、

いろいろ分かったこと、悟ったことは多い。

しかし特に誰かに話す機会も無い。(笑)

 

 

それはまたいずれ書くことにして、

今日は詩を書く上で起こったしるしの話を一つしようと思う。

 

 

 

祈りの中で書く

 

「詩をいつ書くのか?」と聞かれると、

感動が来た時に書く」

としか言えないので、特定の時間とは言えない。

しかしやはりもっぱら「祈る時間」に書くことが多い。

 

 

鄭明析先生も明け方の祈りの時間に詩を書くことが多いと思う。

昔明け方の祈りの後の御言葉の時間に

先生「今日は詩を40篇書きました」

とおっしゃっていて、

次の日の明け方後の御言葉の時も

先生「今日は昨日よりも頑張って70篇書きました」

とおっしゃっていた。

 

 

普通は「へ~、70篇すご~い」と思うだろうが、

実際に書いてみたことのある人からすると

「ええええ!!???」Σ(・□・;)

と言う感じ。

 

 

二日で110篇

自分は9年間で550篇

計算してみると、約8200倍!!!Σ(・□・;)

 

 

もちろん「なーんでもいい」のだったら、適当になんでも書けばいいが、

実際、先生の詩は「一つの御言葉」だ。

一つの詩が一つの箴言になっている。

そんなものを一日に40個も70個も書けるものではない!!(”Д”)

(しかも一日中使ったのではなく、明け方の4~5時間では到底不可能)

 

 

 

祈りのしるし

 

さて、そんな詩を書く中で起こったしるしを一つ書こうと思う。

 

 

三日前2017年5月30日のこと。

私は祈りが足りないと、日中でもお祈りする時間を持つことにしている。

最近祈りが足りない感覚があったので、昼の12時頃だったが、お祈りすることにした。

 

 

全く別件で祈り始めたのだが、

祈り始めた瞬間、明け方に祈っていた時に来た一つの悟り(感動)がワンフレーズ思い出された。

明け方に浮かんできたが、特に記録すべきものでもないように思えたので無視していた内容だった。

 

 

しかしもう一度浮かんできたので、これは何か意味があるのかなと思う。

それで「詩に書こう」と思い、感動のままに一つ詩を書いた。

 

 

すると、そこから不思議なほど連続的に次々と感動が来て、

詩を書いては、また詩を書く感動が来て、

続けて書いているうちにいつの間にか時間が過ぎ、

見てみると、25分間に8篇の詩を書いていた。

(私は詩を書くと、基本的に日付と時間を記録することにしている)

1篇につき約3分。

手でノートに書いているので、ほぼノンストップで25分間書き続けている感じになる。

先生はこんな感じで4~5時間書き続けているんだなと思う。

 

 

その後、続けて祈る中で考えた。

「昨日は一日中過ごしても詩を一篇も書けなかったのに、

今日は25分間に8篇も書いた。

ああ、このように、やはり<祈る時>に御働きが起こる」

 

 

 

後で過去書いた詩の日付を見返してみると、

最大で3か月間日付が空いていた。

(あとは1か月間がちらほら)

なので過去、最大3か月間は詩を1篇も書けなかったということだ。

 

 

「3か月間に1篇」と「25分に8篇」を考えてみて計算してみると、

 

…約8640倍になる。(”Д”)

 

 

 

 

 

この出来事を通して、以下の鄭明析先生の御言葉を思い出さずにはいられなかった。

 

長く生きるためには、また、他人よりもっと多くのことを行なうためには、<知恵の生>を生きなければなりません。それはちょうど、若い時に<神様の知恵>を受けて、知って、早く行なって10倍、20倍、50倍行なう方法です。この方法が最高に長く生きる方法であり、他人より20年、100年先んじてもっと多くの仕事をする方法です。

~2017年05月14日の鄭明析先生の主日御言葉~

 

 

自分の頭で頑張っても、それほど書けない。

「どんなものでもいい」なら書けるかもしれないし、

「それだけやっていればいい」のであれば、もっと書けるかもしれないが、

それを仕事にしている訳ではないし、

天に捧げるために書いているので、どんなものでもいいのではない。

 

 

「ああ、だからいつも祈りながら、天と共にしてこそ、このように小さくてもしるしが起こるんだな。

普段よりも10倍100倍1000倍速く行なえる御働きが起こるんだな」

と悟るようになった。

 

 

 

おとといの御言葉でも「順序が変われば、やっても駄目だ」とおっしゃった。

 

 

◆<祈りの時間>には「祈りを先に」すべきであって、順序を変えたらだめだ。

2017年05月31日鄭明析先生の水曜御言葉

 

 

しかし私たちはどうしても<目の前のこと>を先にして、<祈り>を後回しにしてしまう。

そうしたらもっと速くできるところも、できなくなるし、神様の知恵ももらえない。

結果としてうまくいかなくなる。

 

 

やはり御言葉通りに実践することが、私たちの成功の道だと、一層悟るようになった。

 

 

 

 

※これは余談だが、

過去書いた詩の日付を見てみると、

「詩を書こう!」と思い立った日の日付が「2008年5月29日」だった。

詩の感動が来たこの日が「2017年5月30日」。

ちょうど丸8年が終わって、9年目に入った日だ。

8は再創造数。

再創造が終わって、新たな次元へと上がりたい。

 

 

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