ある小さな足台

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もうすぐ引っ越しをすることになった。

(最近その準備でバタバタしていたので、若干更新が滞っていたと言い訳。汗)

 

 

それで先々週6月11日(日)のサッカーは、普段一緒にサッカーをやっているメンバーとは最後のサッカーになるかもしれないという状況だった。

そこであった出来事を一つ書いておきたい。

 

 

 

 

グランドの水撒き

 

そのグランドはいつも使っている場所で、基本芝生が生えている。

しかしすごく管理されている場所ではないので、グランドの中央付近は草がなく、土のグランドになっている。

そしてそのあたりの「砂埃」が毎回すごい。(;´・ω・)

おかげで毎回シューズやユニフォームはドロドロに。。。

 

 

そういうこともあって、ある一人のメンバーが

「試合前にグランドに水撒きをしよう!」と思い立った。

グランドに神様を迎えてサッカーをするとしたら、水撒きをしてしっかり準備すべきだろうという心からの行ないだった。

 

 

しかしホースや蛇口があるわけではないので、

500ml、1lのペットボトルを集め、さらにグランドの事務所に小さいバケツを借りて、

水道とグランドを何往復もするという<超地道な>作業になった。

かなり日照りが強かったので、水を撒いても、一往復すると結構乾いているという状況。

5~6人で、10往復くらいしても、全然進まなかった。(-_-;)

 

 

ずっとやっていても試合ができないので、ある程度のところで断念した。。。

 

 

 

 

試合中に。。。

 

水撒きをいったん終わらせて、試合を開始した。

試合をしてみると、やはり水撒き効果もあまりなく、砂埃はめっちゃ舞っている。(;´・ω・)

しかし試合をしているので、そんなこと気にせず、みんな一生懸命走っていた。

 

 

すると、試合の終盤30分くらいになると、パラパラと雨が降り始めた。

天気予報では今日は晴れになっていたはずなのに。

(少なくとも少し前までは日照りがきついほどに晴れていたのに…)

 

 

試合を続行していると、雨は少し強くなったが、試合ができなくなるほどではなかった。

むしろとても暑かったので気持ちがいいくらいの雨だった。

 

 

そうしていて、試合が終了。

 

 

みんなが集まって最後のミーティングをしようとした時には、またほとんど気にならない小雨になっていた。

 

 

一緒に集まっていた小1の子が「あ!あれ見て!」と空を指さすと、

向こうに雲の切れ間から夕陽が漏れていて、とてもきれいな線になっているのが見えた。

 

 

 

気が付いてみると。。。

 

ふと気が付いてみると、

 

 

グランドに水が撒かれている!!Σ(・□・;)

 

 

しかもすごく<適度>に!Σ(・□・;)

 

 

天気予報では雨じゃなかったのに、

直前までものすごく晴れていたのに、

ちょうどいい感じのパラパラ雨が降り、

さらに最後のミーティングの時にはほとんど降っておらず、

試合が終わって、みんなで写真を撮る時には雨がちゃんと止んでいた。

タイミングが良すぎる!驚

 

 

 

その時、以下の箴言を思い出さざるを得なかった。

 

1.神様に任せればどうしてうまくいくのか悟る人だけが、喜んで絶対に任せる。

2.<神様に任せなかった人>は旱魃(かんばつ)に雨が降らないから大金をかけて人手を動員して農場の穀物と山の木に水をやった。
<神様に任せた人>はお金をかけずに願い求めた。翌日雨が降った。
神様に任せなかったことと任せたこととはこれと同じだ。

3.もちろん神様に任せつつ自分の責任分担も果たさなければならない。しかし必ず神様に任せて、自分も責任分担を果たさなければならない。
~鄭明析牧師の明け方の箴言~

 

(※この箴言に関しては以下の記事でも書いたことがあるので参考に。この記事と一緒に読むと理解が深まるかと。「<自分の責任>と<神様に任せること>」)

 

 

 

まさにこれ!Σ(・□・;)

 

 

 

 

考えてみると、

一人のメンバーの

「グランドに神様を迎えてサッカーをするとしたら、水撒きをしてしっかり準備すべきだろう」

という心からの行ないが、天の心に叶ったのだと感じた。

神様を迎える心でサッカーをするから、

神様が共にして下さって、

自分たちができなかった部分まで助けて下さったのだなと。

 

 

 

メンバーの<心>と<小さい実践>が

<小さい足台>となって、

天が働かれたのを感じた。

 

 

 

 

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