<自分の責任>と<神様に任せること>

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今日もまた鄭明析先生が箴言を下さった。

その箴言の最初を聞きながら、ふと思い出したことがある。

 

 

 

昔、スキーをしながら感じたこと

 

私は人生で「スキー」に行ったことが一度だけある。

(逆に言うと一度しかない。(;´・ω・))

二日間しか滑っていないので、実際「スキー、楽しい!!」というほどはまだ滑れない。

 

 

リフトに乗りながら周りを見渡してみると、当然のことながら雪一色。

地面も見えないし、木々も全て雪で覆われている。

 

 

 

 

その時ふと、このゲレンデの管理人(持ち主)のことを考えた。

 

 

 

 

実際もし冬になっても「雪」が降らなければ、スキー場は当然運営できない。

ただの芝生の斜面があるだけだ。

 

もしゲレンデの主人が「今年は雪が降らないらしい。そうしたら運営できないから、人工的に雪を撒こう!」と言って、そういう装置をもってきて、この広々としたゲレンデ全体に雪を撒き始めたとしたら、

一体どれだけのお金と労力がかかるだろうか??

 

 

 

 

正直自分の知識では「見積もることすら不可能」な感じだった。

(1億円とか、かかるのだろうか??)

 

 

そう考えた時に、

神様はいとも簡単に「雪」を毎年降らせて下さって、いとも簡単に一面を雪化粧していかれる。

 

しかも「無料(タダ)」!!Σ(・□・;)

 

 

 

 

 

そういえば昔千葉に人工スキー場「ららぽーとスキードームSSAWS」(通称ザウス)があったことを思い出す。

もうとっくに潰れてしまった。

なぜ潰れたのかは定かではないが、基本設計の時に人体の熱を考慮にいれておらず、室内気温を保つための費用が予想以上にかさんで、維持できなくなったとかいう噂を聞いた。あくまで噂だが。

 

それを考えるとスキー場の主人は、まったくお金をかけることなく、雪を維持できるのだから、本当においしいとこ取りだ。

 

 

 

スキー場を経営している人たちは、このことを一度考えてもらいたいものだと思った。

一体どれくらい神様に感謝しているのだろうか?

 

 

 

今朝の箴言から

 

今朝の箴言で鄭明析先生が以下の箴言を下さった。

 

1.神様に任せればどうしてうまくいくのか悟る人だけが、喜んで絶対に任せる。

2.<神様に任せなかった人>は旱魃(かんばつ)に雨が降らないから大金をかけて人手を動員して農場の穀物と山の木に水をやった。
<神様に任せた人>はお金をかけずに願い求めた。翌日雨が降った。
神様に任せなかったことと任せたこととはこれと同じだ。

3.もちろん神様に任せつつ自分の責任分担も果たさなければならない。しかし必ず神様に任せて、自分も責任分担を果たさなければならない。
~鄭明析牧師の明け方の箴言~

 

 

「た、確かにーーーーーΣ(・□・;)」

 

 

箴言2だけを見ると「神様に頼ってばかりじゃだめじゃないか」と思う人もいるが、箴言は続けて全体を見てみないと言わんとすることが分からない。

 

箴言3ではちゃんと「もちろん神様に任せつつ自分の責任分担も果たさなければならない」とおっしゃっている。

これは「ただ神様に任せて、あなたは何もしないでいいよ」という意味では決してない。

私たちが神様に任せつつ、自分の責任を果たして行なう時、一層助けて下さって、もっと大きく成せるようにしてくださるという話だ。

 

 

まさに「知恵の生」!!

 

 

 

 

 

 

今朝の箴言を見ながら、昔スキー場で感じたことを思い出した。

知恵ある生ではどういう生か。

 

神様に任せつつ、自分のすべきことを一生懸命に行いなさいと、鄭明析先生はご自身の人生を通して教えて下さっている。

 

 

 

 

<自分の責任>と<神様に任せること>」への1件のフィードバック

  1. 本当に行なうべき責任は大きいですよね。「人事を尽くして天命を待つ」ともありますが、
    お祈りし、やるべき事を行なってこそ、最善の形で神様が働きかけてくださいますよね。
    わかった上で行なう知恵ある生(せい)を生きたいです。

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